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2005|04|05|
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Sat, May 21, 2005

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May 21, 2005


 ほとんど真っ黒で、実に臭い。これも日本文化の一つだ。そう書いたのは、ヘラルド東京特派員のデボラー・キャメロン*1だ。


 その日獲れたのは、鯨である。海から配送されてきたばかりのものが、始業前には出荷された。


 2時間したらチャイムが鳴り、小学生たちは、少々のニンニクと生姜を加えパン粉をまぶして揚げた鯨を、たらふく食べるのだろう。


 日本の学校280校において20年間の不在の後、再導入されたその特製クジラ・ランチは、ある、世界で少しも愛されていない、何かを賛美する圧力団体がもたらしたものだ。


 「子供たちにとってヘルシーな食品であるし、これは地域のシンボルでもある」、と語るのは、日本捕鯨協会顧問で歴史家の三崎滋子だ。


 「捕鯨そのものは単なる食糧確保ではない、というのが結束の要点だ」、と彼女は言った。


 それをメニューに戻した先の和歌山の学区は、顧客ニーズのある小規模な捕鯨船団がある地方だ。

 木曜にはその学区の役人が東京へ行き、より多くの栄養士、校長、その他学校関係のリーダーに、鯨をメニューに加えるべきとの説得を試みるという。


 数日後に、国際捕鯨委員会では、増加している鯨を殺しザトウクジラを捕らえるという、日本の次期要請を検討する。


 日本の論説では、過剰解釈している種のための調査計画の一部であるという。彼ら曰く、先の児童らがゆっくり味わった肉は、無駄にしてはいけない副産物だそうだ。


 しかしその調査が日本で広く報じられることはなく、捕鯨に深い文化的ルーツがあると認知されている歴史も疑わしい。そのことは、古くは何千年という捕鯨の伝統についての主張に疑問を投げかけている。また彼らは、鯨の肉は第2次大戦後、絶望の日々にあった多くの人々によってのみ食されその後の約10年間で衰退していった、とも言っている。


 ヒラタ・ケイコ*2は、日本のソーシャル・サイエンス・ジャーナル*3に、「実際、20世紀初期においてさえ、北日本の一部の人々は、鯨が、土地を見守り彼らに富をもたらしてくれる神秘的な神と見ており、それを殺すということに抵抗があった」と記している。


 カリフォルニア州立大学のヒラタ博士は、いくつかの主要な捕鯨賛成派の論拠に反論し、その他、より日本の見解の原因といえるような弁明を例証している。


 本当の理由の一つはレイシストな欧米の抗議者に対する愛国的反発であり、あからさまな日本のナショナリズムだ、と博士は言う。


 捕鯨支持者の何人かは、自身を“肉食”と“魚食”の間の戦いにおける歩兵と考えており、「特に、彼らが国際関係において侵略者とみなしているアメリカによってリードされた反捕鯨運動以来、人種差別主義と文化的帝国主義の論争がリンクした」、と博士は書いている。


 このほか、国際野生生物法と理念誌*4に寄稿した、まだ未発表の文書では、彼女はより直接的に、ナショナリストの情熱に向けた日本の策略に批判を述べている。


 日本捕鯨協会は、いまだかつてヒラタ博士や彼女の仕事について聞いたことが無く、国内最大のニュース・データベースにもその名前が無いとクレームをつける。ソーシャル・サイエンス・ジャーナルのエリート購読者層の間では常に聞き及ぶ彼女の意見を、である。

Japan's Whaling Association claims never to have heard of Dr Hirata or of her work and there is no sign in the country's largest news data base that her voice has ever been heard beyond the elite readership of the Social Science Journal.*


 (日本)国内的には、抗議者や異議を唱える反捕鯨運動もなく、一方的な論説だ。社会的にも、それは伝統として珍重されおり、捕鯨支持が物語るのは、すなわち、その歴史が彼らのものである、という事だ。

Domestically it is a one-sided argument with no opposition or anti-whaling lobby to speak of. In a society that treasures tradition, the whaling advocates say that history is on their side.*


 三崎氏曰く、日本は有史以前の時期から鯨を食しており、組織立っての捕獲は遅くとも17世紀、そしておそらく14世紀前半からだという。


 日本のクジラに対する見方に疑問がある者は、政府の窓口に問い合わせればいい。鯨は、(ありがちな外交的けんかであるという理由から)外務省、そして(食料であるという理由から)農林水産省の管理下にある。環境省は関わっていない。

Anyone in doubt about Japan's view of the whale need only consult the Government's switchboard operator. Whales fall under the watch of the Minister for Foreign Affairs (because of the frequent diplomatic blow-ups) and the Department of Agriculture and Fisheries (because it is food). The Environment Ministry is not a player.*


 事実、鯨を食べる事は、第2次大戦の終結と実に密接な関係がある。敗戦、荒廃そして空腹。食べものは塩漬けにされた鯨の肉が全てだった。破壊された国民の再興として、鯨の肉は健康の回復と正常化補助において欠かせなかった。


 「人々は飢えていた」と三崎氏は言った。「彼らは鯨が大好きだった。そして、彼らの栄養に動物性の肉が長らく不足した後、初めて彼らがそれを食べたとき、その肉の質の良さに彼らは喜び驚いた」。彼女は、オーストラリアにおけるマトンやウサギのような鯨から、貧困や悪い思い出を連想する事はないという。


 日本における動物性たん白の48%が鯨だった1960年代まで、依然として国民の栄養の主要品目だった、と彼女は言った。


 しかしそれは昔の事。日本で食される鯨の量の減退は、他の選択肢の出現に始まり、それに先行したのが、1982年の捕鯨モラトリアムであり、1987年に開始された日本の公式な調査計画だ。

But those were the old days. The decline in the quantity of whale eaten in Japan began as other choices appeared and predates the moratorium on whaling in 1982 and Japan's official scientific program, which began in 1987.*


 今日、捕鯨は、従業員約300名の一企業を巻き込んでいる。そこは、日本が毎年およそ24億円(2.4億ドル)の経費をかける調査計画で使用された、全ての鯨を供給している。和歌山で学校給食に魚*5を供給していたような小規模な漁協*6は、特別な施政を持っており、政府の認証制度による厳密な管理の元で運営されている。


 鯨の消費量は現状、非常に低い。東京では鯨専門のレストランは数えるほどだ。スーパーで探しても、その独特な肉の商品は僅かなものだ。ほとんど真っ黒な暗い赤色で、通常薄切りにしてある。いくらファンでも、その臭いは勘弁、と言い、食欲をそそるようにするため、ニンニクと生姜で調理する必要があると言っている。三崎氏は需要の建て直しを望んでいる。


 先週、一頭のコククジラの子供が東京湾へと危険な冒険に出かけ、数日後、網に絡まった後に死んだ。そのエイリアンの様なあばた模様の体が、ボートの斜面*7に横たえている写真が新聞に掲載された。三崎氏は、人々がそれを食卓から消さないでほしいと願っている。

Last week a Grey Whale calf ventured into Tokyo Bay and then died a few days later after tangling in a net. Its body, pock marked and alien-looking, was pictured in newspapers lying on a boat ramp. Ms Misaki hoped it would not put people off their dinner.*


 鯨を文化的な好みとするにあたり極めて重要なのは、その哺乳類が日本人の意識において魚として位置付けられてきた事だ。


 日本は世界最大の魚の消費国だ。日本水産庁における捕鯨の交渉責任者である森下丈二曰く、魚は日本で消費される全たん白質の4分の1になるという。


 それをあたかも経済的必需品であるかのような表現で、彼は、食糧危機の建て直しに向け日本は賢明なステップを選択していると述べた。食べる物のおよそ半分を輸入する事は、国にとっての重要な懸念事項のひとつで、それがたった60年前には飢餓だったのだろう。


 「鯨は、その他の生きた資源とも何ら違いはなく、我々が行っている調査の方針も、マグロ、コイやその他の魚に行っているのと同様のものだ」と、森下氏は述べた。


 「日本にとって、鯨を含め、海にいる魚などの維持可能な海洋生物資源は非常に重要だ」。


 そのうえ、鯨の数が増加することで、わずかな海洋生物のうち彼らの正当な取り分以上に鯨がむさぼり食い、日本の漁業者の漁獲量を減らす恐れがある。


 「我々の魚資源において、増加している鯨の影響を排除する事は出来ない」、と森下氏が言った。「我々は全ての鯨を捕らせろと言っているわけではない。しかし、鯨と人間の間には良いバランスが必要であり、そのバランスを適切に成し遂げる上で、我々には科学的なデータが必要だ」。


 日本では、捕鯨についてはっきりとした指針の議論があるわけでもなく、どこの駐車場でも人々の“鯨を救え”という感情が掲示されているような、バンパーステッカーの文化を持つ国でもない。それでも特筆すべきは、東京湾で泳ぐ鯨が人気を呼び、鯨見物の群集や熱心なメディア報道があった事だ。ヒラタ博士はソーシャル・サイエンス・ジャパン・ジャーナルで、日本における反捕鯨運動への傾向は“常に無慈悲”だが、行動的な姿勢がなくてもそれは変わり得ないだろう、と記している。彼女曰く、「日本の若者達は鯨の権利など信じていないだろうが、捕鯨の文化を強く信仰しているわけでもない」。


元記事

*1:Deborah Cameron

*2Keiko Hirata

*3:Social Science Journal of Japan = SSJJ ?

*4:Journal of International Wildlife Law and Policy

*5:meat

*6:fishing co-operatives

*7:boat ramp

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