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2005|04|05|
2007|07|

Tue, Apr 26, 2005

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Timothy W. Ryback International Herald Tribune

TUESDAY, APRIL 26, 2005


 〔ザルツブルグ〕金曜日、日本の小泉純一郎首相は、第二次大戦中の日本による残虐行為*1について、“深い悔恨(かいこん)”と“心からの謝罪”を表明した。これは、95年8月に前任の村山富市氏が表明した“悔恨”*2と“心からの謝罪”*3と差違はなく、あるいは、当時の外務事務次官で現ハーグ国際司法裁判所判事の小和田(ひさし)氏が、兵士の性奴隷として日本に徴用された“慰安婦”20万人への謝罪のため北京女性会議に出席した際にも、同様の“悔恨”を表明している。


 日本は何十年もの間謝罪し、自責し続けてきたが、(ただ)の一人も耳を貸そうとか、少なくとも、信じようとする者は居ないように思われる。多くの日本人にとって、そうした努力を認めようという国際社会の“気の無さ”*4は、不服であり不当に思える。


 ドイツのように、日本は戦時において非人道的な犯行を主導したと見なしている。ドイツのように、補償として莫大な総額の金を支払っている。そしてまたドイツのように、その歴史教科書において戒めており、昨今は日本人もうんざりして、自虐史観―“自虐的歴史描写”*5―と言っている程だ。

それにもかかわらず、戦後60年、ドイツがEUに統合される中、日本はアジア近隣諸国とかろうじて話し合っているような間柄であり、なおかつ今もって謝罪しているのだ。


 日本が、この弁明と悔恨の新境地に踏み入るにあたり、ドイツの経験を見習ってはどうか。歴史上、このような極悪な犯罪をしでかした国家はごくわずかであり、未だに確信的・効果的な公における悔恨と国としての内省を模索しているのは、なお少数なのである。

 ドイツはおそらくホロコースト時代についての釈明に乗りだし、そしてドイツ軍は先のナチスによって一時占領されていた領地を返還し、ドイツ国民は、歴史的相関における非難もなく、連合軍爆撃の“犠牲者”についての公開討論に参加し得たのではなかったか。

Germany has entered what may be described as the post-post-Holocaust era, in which German troops can return to territories once occupied by their Nazi predecessors and the German people can engage in public discussion of the "victims" of allied bombings without accusations of historical relativism.*


 しかし、(おおやけ)な免罪への道のりは長く、ゆっくりで、しばしば骨が折れる。

 当初、ほとんどのドイツ人は、そうした罪をニュルンベルクで主要戦犯と共に絞首台にかけたことで満足していたが、後の世代においては道徳的義務の精神を(まい)進させ、過去と向かい合った。


 1970年、ウィリー・ブラントはポーランドへの歴史的な訪問をし、ワルシャワユダヤ人街での暴動犠牲者の碑の前に(ひざまず)いた。彼の“ニー・フォール”*6は、自発的かつ心からのものであり、ドイツの罪の重みが、ドイツにおける最高権力者をそうした立場に追いやった事の現れであった。その印象はひろく(おおやけ)の記憶に焼きついた。1枚の写真は一言(いちげん)にも値するのである。このブラント氏の行為に伴い、ドイツには新たに“Kniefall”という政治的象徴語彙が誕生した。


 15年後、リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領が“共通責任”の概念を認め、この20年、ドイツはこの責任に共同で取り組み、成功した。ドイツ政府、ドイツ社会民主党およびキリスト教民主同盟も、旧ソビエト区域再建において中心的な役割を果たした。ドイツ産業界はかつての強制労働者に何百万ドルもの補償金を支払った。ベルリン市民は、はびこるホロコーストの記念碑のために商業用の一等地を明け渡した。それが賠償金や補償ということになったとき、ドイツ政府は金本位制を制定した。


 日本は遥かに過ぎ去った前枢軸国を引きずっている。彼らの努力は散発的に続けられ、国際社会においては扱いにくく、通常(かえり)みられない。それらの困難は文化的、政治的、あるいは経済的なものでもある。“ウィリー・ブラントのニー・フォール”は、何より多くのドイツ人が驚いたほど、実に思いがけない事であったがゆえにとても印象深かったが、おそらく日本人にとっては考えられない事だろう。この前、日本の元外交官が教えてくれたのだが、日本人がそのような動作をすることは、国際社会に対して不誠実と見るばかりか、日本人にとって馬鹿らしく恥ずべきことと見なされかねないという。


 その他の支障としては、おそらく日本の姿勢が寛大な傾向にある事だろう。彼らは広島における犠牲者に哀悼を捧げる一方で、爆弾を投下した者に対しては、多少恨んでいるか、あるいは全く恨んでいない。彼曰く、日本人は“寛大な”民なのだそうだ。しかし、彼も認めたのだが、自分が被害者となったとき、その加害者を赦すのは誇り高い事であるものの、自分が加害者となった際にも同様の感情を期待するのは、少々難しいのではなかろうか。


 金曜日の謝罪で、小泉は、日本が過去と向き合い、アジア近隣諸国との和解を探るための新たな好機を切り開いた。前に進めるよう、彼らは思慮深く、理想的な内省をすべきである。ブラント以前、ドイツの主導者達の多くは、悔恨において跪くなど想像し難かった。ブラントのニー・フォールは、世界のみならず、彼ら自身へもドイツの印象を再定義する助けとなった。日本は似たような機会を望むのではなかろうか。彼らが過去を克服し得るには、彼らは先ず、彼ら自身を乗り越えなければならない。

(Timothy W. Ryback codirects the Institute for Historical Justice and Reconciliation at the Salzburg Seminar.)


元記事

*1:atrocities

*2:remorse

*3村山総理大臣談話

*4:unwillingness

*5:masochistic historiography

*6:knee fall

JubileeJubilee2005/05/01 00:34いらっしゃいませ。和訳もまた力がつきそうですね。翻訳などに興味があるんですか?

xyn9xyn92005/05/01 02:56コメントありがとうございます。
翻訳そのものに特段興味があるわけではありませんが、海外配信のニュース記事は気になる見出しも多いので読みたいですし、教材としてもいい感じだと思います。(つまり簡単には読めていないということです・・・!)
英語力は本当にひどいですが、今後ともよろしくお願いします。

pemktfhpemktfh2011/02/17 09:50n0aLRA <a href="http://ikagtarvrauz.com/">ikagtarvrauz</a>, [url=http://qqydijdscnuw.com/]qqydijdscnuw[/url], [link=http://pppvknazpzqm.com/]pppvknazpzqm[/link], http://jvgjxfpruwun.com/

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